子供達の学習意欲の差は何故でるのでしょうか?
将来の夢があるかないかでしょうか?
年長の娘がいます。将来の夢はお花屋さんだそうです。
学習意欲の差を私もよく考えます。
ひとつめ。母親が「勉強!」と子供の学習について「机に向かっている」という形式に捕らわれ張り切り過ぎるのが、
子供を学習から遠ざけているように思っています。
(幼稚園で普段のとってもためになる子育てに関する講演会には10人に1人も参加しないのに、
IQとか知能とかタイトルがつくと「今日は運動会?」ってくらい混みます。
こんなイビツな母親の態度は絶対日常にも現れているでしょうから子供は身構えてしまうのではないでしょうか?)
もうすぐ小学生ですが、学習机は買っていません・・・
素直に要らないと思っています。
買うのは悪いこととは思いませんが欲しくなったら本人が言い出すかなぁと他のおもちゃなどと同様に扱っています。
ふたつめ。幼稚園を選ぶ時に「幼稚園からお勉強なんてかわいそう、
どうせ小学生になったら勉強しなくてはいけないから幼稚園は自由保育のところに」と言う意見を聞いたことがあります。
母親自身が「学ぶこと=苦痛」と信じきっていたら、子供はそのままを信じると思います。
ひらがなを覚えたら「お勉強」、ポケモンの怪獣の名前を覚えたら「遊び」なんてナンセンスな分類です。
小学生であろうと、大学の研究であろうと同じことだと思います。
子供、人が熱中することは全部遊びで全部学習だと思います。
私は学ぶことに集中できるなんて、本当に幸福な時間だし、そういう環境(日本)に生まれて、子供達は幸せだと感じています。
みっつめ。テレビが長時間ついている家庭では頭が受動的になっていて
「前頭連合野」が機能する訓練(能動的にものごとを統合して考える訓練)があまりできていないのかも知れないなぁと思います。
そしてかなり強烈な情報さえ受け流すという訓練もしてしまっているように思うのです。
例えば私は夜の9時のこの時間で1分もまだテレビを見ていませんがこんな日がほとんどです。
うちでテレビをつけると子供達の画面への集中力はすごいです。
お友達の子供はちらりと見てすぐ遊び出しますが、うちの子たちはテレビを消すまでじっと見つめています。
情報が溢れ出るということが「珍しい」のだと思います。情報に飢えているといった感じです。
聞いたらきっと楽しいだろう、という期待があるようです。
物語を読み聞かせても同様の集中力で、長い1冊の内容の詳細が1回で驚くくらいインプットされています。
テレビを長く見せていてもこうなのか、比較できないのですが・・・
多分小学校でなされる授業も、子供には「ありがたい情報」となり興味津々状態になるんだろうなと感じます。
よっつめ。睡眠の量と朝食。
朝食を食べないと身体は夕食からエネルギーを摂っていないため飢餓状態です。
脳はブドウ糖が唯一のエネルギー源で、かなりのエネルギー代謝(エネルギーを沢山必要とする)です。
朝食を食べない、あるいはほとんど食べないというのでは、ぼぉっとしてあたりまえです。
睡眠が不足していると眠気まで来ますから授業の内容を聞くことができず、わからなくなるんだと思います。
わからなくなったら面白くなくなるのは普通です。
私が考えているのはこんなところです。
夢に向かっているから学習するなんて子供はいないはずだと思います。
一つには親が勉強好きか嫌いか、というのがあると思います。
子供は真似することで成長します。
知的好奇心を満たそうとする環境にいれば、子供も「学ぶことは面白いんだ」という認識を持つでしょう。
そもそも、寝転んでテレビを見ながら笑っている親に「お前は勉強しろ」と言われても納得いかないと思いませんか?
将来の夢もそうですが、やっぱり子供自身の興味があるかないかだと思います。
興味がわいていればどんどん勉強したくなるでしょうし、逆に興味がわかなければ勉強に嫌になってしまいます。
将来の夢というものは生きていくうちに自然と決まるものです。勉強に興味がわけばその分だけ将来の夢も決まりやすくなるでしょう。
いかにどうやって子供の勉強に対する興味を引き起こすかによって勉強態度も変わると思います。
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